大地の子

  • 著者: 山崎豊子
  • 印象: 2 (1-3)
  • 読んだ時期: 2020年12月

 

日本で生まれた後満州に移住し、戦後に残留孤児として中国で生きた陸一心 (日本人名: 松本勝男) の半生を描いた小説。

 

終戦直後に両親と生き別れ、中国の夫婦に買い取られて小日本鬼子と差別されながら働かされ、その後陸徳志という教師に引き取られて教育を受けるが、青年時代に文化大革命によって、産業スパイの罪を着せられて強制収容所に5年以上収監される。少年時代の友人からの思いがけぬ支援と、養父の命を懸けた働きかけで冤罪が晴れ、出所した後、中国に巨大製鉄工場を建設する日中合同プロジェクトに参画し、中国で日本人として生きることの厳しさと、生き別れになった家族探しに苦悩を続ける。

 

前半300ページで、幼少時代から強制収容所までの陸一心の半生が描かれているが、とにかく凄惨で読むのが辛い。

 

一番辛かったのが、養父と安全な街に移動する途中で足止めをくらい、餓死寸前になるくだりで、殺した人間の肉を鍋に放り込んでグツグツ煮る匪賊を横目に飢えに耐えるところだった。食料への渇望と、人間が人間を食べることへの嫌悪感がまぜこぜになって極限状態に陥ったとき、人間はただ逆流する胃液をひたすら堪えることしかできない。暴力、差別、飢餓など、陸一心が経験した人間のあらゆる辛苦が描かれるが、何よりも辛いのは飢餓なのではないかと思った。

 

製鉄工場建設で、日本人との交流し、思いがけず家族との再開を果たすことによって、陸一心に日本に対する望郷の念が少しずつ芽生えていくのだが、自分を苦しめてきた日本に対して、望郷の念が出てくるという心境は、自分には理解が難しかった。

 

しかし、飛行機でいつでも移動でき、スマホで誰とでも会話できる現代から一歩引いて、電話も何も無かった時代のことを思い合わせれば、どこまでいっても真の中国人になりきれないことがどれほど孤独なものか、少しだけ分かるかもしれない。

 

2年だけだがアメリカに住み、H1Bという就労ビザで生活をした経験があるが、日常生活に支障はないものの自分はこの国の人間ではないという事実そのものに起因する孤独感みたいなものを振り払うことが難しかった。程度は全く異なるが、陸一心が抱えていた孤独感というのは本質的にはそういうたぐいのものだったんじゃないかと思う。

 

テーマと時代の設定に寄るところが大きいが、山崎豊子の小説には、登場人物に女性が少ない。また大抵は主人公の妻だったり家族であることが多く、報われない生き方をしているケースが多いのだが、本小説に出てくる趙丹青や月梅は自立した女性として描かれている点が個人的に好きだった。