神の火

  • 著者: 高村薫
  • 心に響いた度: 2 (1-3)
  • 読んだ時期: 2023年5月

 

冷戦がまだ終わっていない20世紀末、原子力発電の研究者である島田は、原子力研究開発機構の優れた研究者として働く裏で、ソヴィエトのスパイとして、原研の情報を共産国圏に提供し続けていた。2年前に嫌気がさしてスパイから足を洗い、原子力とは無縁の零細企業に勤めて平穏な日々を送っていたところ、自分をスパイに育てた江口と偶然再会し、そこから再び原子力にまつわるアメリカ、ソヴィエト、北朝鮮、日本のいざこざに巻き込まれていくという話。

 

最終的に、島田は、自分の幼馴染でヤクザまがいの生活を送る日野と一緒に、生まれ故郷の舞鶴にできた音無原子力発電所を襲撃することになるのだが、この経緯は一般人の感覚では多分よくわからない。

 

端的にまとめると、1) チェルノブイリの事故で父親をなくし、原発の安全性を確かめたいという目的で極個人的に日本に潜入してきた良(パーヴェル)の純粋な思いに心を打たれ、その意志を引き継ぐことに決めた、2) 各国の思惑に巻き込まれて、八方塞がりの状態になった、3) 自身の複雑な出自 (母親がソヴィエト人牧師と密通して生まれた私生児である) に起因する漠然とした破壊衝動のようなもの、といった要因が重なってこの行動に至るのだが、そのどれもが自分にとって実感が湧きにくいものであり、また「リヴィエラを撃て」であったような、各国諜報機関の複雑な駆け引きを理解するだけで精一杯になってしまい、登場人物への感情移入を仕切るところまで理解が追いつかなかったことが原因と思われる。

 

小説中に登場する数少ない女性である川奈美津子 (名前違ってるかも) は、薄幸の所帯じみた人妻OLでありながら、物語が進むにつれて色気が出てくる様が、見どころの一つである。

 

ミサイル一発で核爆弾と化す原子力発電所が、世界は平和であるという根拠のない前提に基づいて建設され運用されている矛盾や欺瞞のようなものが、産業スパイというテーマで描かれているように思う。