• 著者: 馳星周
  • 読んだ印象: 2 (1-3)
  • 読んだ時期: 2023年8月

 

人間と暮らす犬を描いた短編集「ソウルメイト」の続編。1作目と同様、人間と犬の関係を描いた短編から構成される。特に愛する存在を失う喪失感と、そこからの再生を描いている話が多い。飼っていた犬を失う喪失、最愛の人間を失う喪失を、犬とか、犬と過ごした記憶が癒やしていくような話だ。

 

短編集に共通する人物として、ペットレスキューの神 (じん) という人物がいる。様々な理由で捨てられることになった犬を保護して、新しい飼い主に提供する組織の代表である。神いわく、犬は無償の愛を人間に与える。その愛を受け取る代わりに、飼い主は犬に対して様々な責任を追う。食事を与え、散歩に連れていき、遊んでやり、健康管理を請け負う。犬を愛するだけでは飼い主の責任を果たしたことにはならない。

 

犬と人間の関係は対等ではない。犬が人間を癒やすのは、過去や未来のことで思い悩むことが無く、今この瞬間を目一杯生きているというその生き様による。今を目一杯生きることは大事だが、人間が犬と同じように、今だけを考えて生きることはできない。少なくとも大人には、過去から学び、未来を見据えて行動する責任が伴う。犬を飼うのであれば、愛を与えるだけでは足りない。犬は群れで生きる動物であり、群れにはリーダーが必要だ。飼い主は群れのリーダーとなって、犬を導いてやる必要がある。犬はそうしてはじめて、人間に無償の愛を提供できる存在になる。

 

人間と犬の関係は、親と赤子や幼児の関係に似ている。異なるのは、人間同士の場合、時間とともにその関係性が変化するという点だ。子供は成長すれば、親から独り立ちする。人間と犬の関係はそうではない。それは人間と犬が、主に知能の点で根本的に異なる存在であるという点に起因する。

 

小説の中で、犬を失った悲しみは、犬でしか癒やすことができない といった表現が何度か出てくるが、上記のような理由によるものだろう。子供を失った悲しみは、子供でしか癒やすことができない、という話はあまり聞かないし、倫理の点で違和感がある。人間にとって犬という存在は非常に特別なのは、こういった関係性によるものだろう。

 

「少年と犬」とか「ソウルメイト」を読んでいたときは、犬を飼うって素晴らしい と単純に思っていたが、上記のようなことを考え始めると、そんなに簡単なことではないし、少なくとも今この瞬間、自分には4人の人間を育てる責任がある ということを改めて実感した次第である。