かゆい という感覚は、人体を守る役割として適切なのかという疑問がある。

いたい という感覚の場合、その箇所を保護したり、動かさないようにするという行動を促し、これによって症状の悪化を防いだり、早期回復を促す効果があると思われる。

一方で、かゆい という感覚の場合、その患部を掻くというかこうとするので、患部が悪化することになる。明らかに防衛反応として不備がある。

こちらのサイトでは、かゆみと吐き気を対比して、どちらも異物除去のための防衛反応であるという推察をしているが、かゆみは明らかに異物除去に失敗することがあり、吐き気と対比することは吐き気氏に対して申し訳ないように思える。

専門的なことはよくわからないが、少なくともギニュー特戦隊でいうところのグルド的な立ち位置であるといってもよいのではないだろうか。

ちなみに、かゆみに関係する「痒」とか「掻」という字は、見ただけでいかにも痒そうな印象を持つのだが、これは単なる経験則に基づくイメージか、アフォーダンス的に成功してることになるのか、興味がある。