クライマーズ・ハイ

  • 著者: 横山秀夫
  • 印象: 3 (1-3)
  • 読んだ時期: 2021年8月

 

北関東新聞で、御巣鷹山で発生した日航機墜落事故の全権デスクとして働いた悠木の、デスク時代とその後の人生を描いた小説。

 

悠木は父親のいない家庭で育ち、そのせいもあり息子との関係をうまく築けず、記者としては担当した後輩記者が悠木の叱責をきっかけに自殺とも思われる死に方をしたために、40歳になっても部下のいない遊軍記者であるなど、様々な鬱屈を抱えて生きている男である。

 

そういう悠木の唯一とも言える友人 (悠木の心がねじれているので単純な友人関係でもないっぽいが) が安西であり、安西から急に衝立岩と呼ばれる超難攻不落の岩壁登山に、ザイルパートナー (お互いに命綱をつけあって一緒に登山するパートナー) として誘われる。登山の前日に、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落し、全権デスクに任命されたために悠木は登山を断念するが、そのことを安西に伝えられないまま翌日になると、安西は倒れて入院しており、遅延性意識障害(俗に言う植物人間)になっていた。

 

小説は、日航機事故の17年後、悠木が安西の息子である燐太郎と、衝立山に登山するするところから始まり、全権デスク時代の出来事が悠木の回想として綴られる。解説者風に言うと、日航機事故の17年後を縦糸、事故当時の全権デスク時代を横糸として、物語が展開される。

 

衝立山に誘われた時、悠木は安西に、なぜ山に登るのか尋ねると、安西は「下りるために登るんさ」と答えた。その真意がわからないまま17年が過ぎ、衝立山の最大の難関である第一ハングに登りながら、悠木は安西の言葉の真意に気づくことになる。燐太郎が結んだザイルを頼りに悠木がハングに挑む場面と、その後の燐太郎と悠木との会話が澄み切っていて、それまでの全ての鬱屈がこの場面に凝縮されて昇華されていく感じがする。

 

スポーツ紙を題材にした本城雅人の小説を読んだときも思ったのだが、新聞社の人間関係はとにかく殺伐としている。悠木の場合も、遊軍記者上がりであるがゆえに思い通りにならない部下、過去の栄光にしがみついて若手記者の業績を潰そうとする上司、地方紙の立場に甘んじてリスクを取らない幹部、恫喝じみた紙面介入をしてくる色ボケの社長など、とにかく社内が敵だらけである。悠木は何か起こるたびに部下、同僚、上司を問わず胸ぐらをつかみ、てめえ呼ばわりして自分が求める紙面のために戦いつつ、時には自らの保身のために屈する。踊る大捜査線とか半沢直樹とかも基本的に社内抗争の話だし、日本の組織ってそういうもんなんだろうか。

 

解説によると、著者は作家になる前に群馬県の地方新聞である上毛新聞の記者をしており、日航機事故にも記者として関わっているそうなので、リアリティのある描写なのだろうなと思う。今と昔では考え方なりフェーズが変わってるので同じような組織はないようにも思うけど、感情むき出しで罵り合いながら、どこかでお互いを認めあっているような関係って結構素敵だなと思う。自分が巻き込まれたらしんどそうだけど。