劇場

  • 著者: 又吉直樹
  • 心に響いた度: 3 (1-3)
  • 読んだ時期: 2022年8月

 

表現活動に生きる若者を描いた小説。

 

「火花」では、若手芸人と、自分と異なる才能を持つ (けど売れてない) 先輩芸人との関係を中心に描かれていたのに対して、この小説では、若手演出家と、その恋人との関係が中心に描かれている。

 

高校卒業後に東京で劇団を立ち上げて、食うや食わずの生活をしている永田が、ほとんど死にかけ (精神的な意味で) の状態で町を徘徊していたときに、自分でもわからないうちに結果的にナンパした沙希と付き合うことになる。

 

永田と沙希とは間違いなく恋人同士なのだが、永田に経済力が無いことによって、愛情だけで成り立つことはありえず、どうしても永田が沙希を搾取するという側面がある。沙希は永田を献身的に支えるが、精神的、金銭的に沙希への依存を深めていくとともに、社会に認められないフラストレーションを沙希にぶつける永田との関係の中で、自分でも気づかないうちに、少しずつ心が蝕まれていく。

 

小説の中で印象的な人物は青山である。青山はもともと永田が立ち上げた劇団に劇団員として所属していた女性で、永田の考えについていけずに劇団を抜けて、フリーライターとして生計を立てている。青山は永田とも沙希とも面識があり、永田に搾取される沙希を心配し、永田と縁を切るように沙希に迫る。

 

少なくとも表向きは沙希を思ってとった青山の行動が、沙希を追い詰めていく様が読んでて辛い。小説の中で一番常識的な感覚を持っているのが青山だと思うが、読者代表とも言える青山が、二人の関係を決定的にしてしまうというところに戦慄を覚えた。

 

沙希に干渉する青山に腹を立てた永田は、青山にメールを送り、そこからメールで口喧嘩が始まるのだが、最初は沙希の話題だったのが、いつの間にかお互いの表現活動に対する批判の話に発展して、ネット掲示板でたまに見るとんでもなく殺伐としたやり取りを彷彿とさせるその議論は、一字一句読んでいると心が滅入りそうになる程だった。