逃亡くそたわけ

  • 著者: 絲山秋子
  • 心に響いた度: 2.5 (1-3)
  • 読んだ時期: 2022年12月

 

(僕以外の) 一家そろってSnow Manファンである我が家に佐藤正午の「月の満ち欠け」の文庫本が置いてあり、パラパラとめくってみたらあとがきを伊坂幸太郎が書いており (厳密にいうとあとがきではないのだが)、読んでいたら、ワクワクさせられる作家は佐藤正午さんと絲山秋子さんです的なことが書いてあったので、伊坂氏のセンスに全幅の信頼をおいて図書館で借りた本。精神を病んでる男女二人が、車で九州を縦断する話。

 

あたし (花ちゃん) は躁病で、「亜麻布二十エレは上衣一着に値する」という謎の言葉がひたすら頭の中で鳴りつつ、頭の中に8人くらいの人間が住んでいて自分を殺す相談をしており、最もひどい状態では言葉で言い表せないくらい恐ろしい幻覚が見える、二十一歳の女性である。なごやんは程度がそんなに重くない鬱病で、NTTに勤めており、名古屋出身であることにコンプレックスを持ちひたすら東京に憧れる、多分二十代後半の男性である。

 

「あたし」は諸般の事情で自殺未遂をし、親に押し込まれるように福岡の精神病院に入院したが、監獄みたいな生活に絶望して、同じ病棟にいたなごやんを、特に深い理由も無く道連れにして病院を抜け出す。なごやんのマツダ製ルーチェに乗り込んで、目的地はなく、ひたすらに世間から逃げるために南に向かって車を走らせる。

 

道中は、畑で野菜を盗んだり、山で大量の蛭に襲われたり、一日も車とすれ違わないような辺境の道をひたすら走ったり、ウォッカを万引きしたり、川で溺れかけたりするなど、ろくでもない旅なのだが、なぜかわからないが「あたし」の心は少しずつ修復されていき、九州の南端にたどり着く。

 

大きな展開があるわけでもなく、周到な伏線が張られているということもなく、淡々と車の旅が続く話なのだが、なぜかよくわからないが二人の行く末が気になって読み進めてしまう。で、精神を病んでいる人の苦労が、少しだけ分かる。

 

「亜麻布二十エレは上衣一着に値する」は物語の中で数十回は出てくるフレーズで、だんだんとスルーするようになっていくのだが、冷静に考えると、この言葉が頭の中で常にといっていいほど響いている (しかも自分ではない声で) という状況は、かなり恐ろしい状況なのだろう。