読書感想: Ank: a mirroring ape
- 著者: 佐藤究
- 読んだ印象: 3 (1-3)
- 読んだ時期: 2023年9月
京都の霊長類研究所で実験動物として生きる一匹のチンパンジーによって引き起こされる、とんでもない事態を描いた話。
人類 (ホモ・サピエンス) は、同じ類人猿であるゴリラ、オランウータン、ボノボ、チンパンジーと共通した祖先を持つが、その祖先たる生物 (本小説内ではロスト・エイプと呼ばれていてる) は絶滅して存在しない。人類は、言語を操るという点で、他の霊長類からかけ離れた高度な知性を持っているが、どのようにして言語を獲得したのか、ということは未だに謎に包まれている。これを調べるためには、人類と共通の祖先を持ち、DNAの遺伝情報が人類に最も近い類人猿を研究することが最良かつ唯一の方法である。霊長類研究はつまるところ、「我々はどこから来たのか」を研究する学問である。
京都大学霊長類研究所 (当時) と双璧をなす霊長類研究の拠点である、KMWP (Kyoto MoonWatcher Project) という研究所のセンター長である鈴木望は、ウガンダで保護された傷ついたチンパンジーをセンターに迎え入れる。望には、人類が言語を獲得するに至った経緯として、ある一つの仮説を持っている。その仮説は、研究所で働く研究者の中でもごく限られた人間とだけ共有されている。
この仮説の鍵となる概念が、「自己鏡像認識」である。鏡に映る自分の姿は、自分であり、同時に自分ではない。鏡像が自分であり、同時に自分ではない、しかし自分である、しかし、、、という概念は、自己言及的で再帰的である。イヌやネコは鏡像を自分だとそもそも認識できない。類人猿は、鏡像を自分であると認識できる。望の仮説は、自己鏡像認識がもたらす無限の思考の先に、言語の獲得があった というものである。
一方で、この自己鏡像認識には、自己破壊的な側面を持っていて、種は自己鏡像認識を突き詰める過程において、種そのものを滅ぼしてしまうような破壊的な行動に至る。ロスト・エイプをはじめ、ホモ・サピエンス以外の旧人類が全て絶滅したのもこれによる。今の人類は、どうにかしてこの破壊から免れ、結果として言語を獲得し、進化の頂点にたった と本小説では語られている。
KMWPに住む一匹のチンパンジーが偶然出くわしたある出来事によって、自己鏡像認識の破壊的な側面が呼び覚まされ、京都で大規模な暴動が起こる。チンパンジーが発する警戒音 (アラーム・コール) によって、それを聞いた人間の暴力のタガが外れ、仲間同士の凄惨な殺し合いが始まる。本小説はそんな感じの話だ。
物語は、時系列と語り手が異なる短いエピソードの積み重ねになっていて、読み進めると、鈴木望の人類進化の仮説と、京都で起こった凄惨な暴動事件との関係性が、少しずつ明らかになっていく。DNAとか遺伝情報のことはあんまり良くわからないけど、物語の中心となる、自己鏡像認識を中核とした人類進化の仮説そのものがとても興味深い。加えて、物語の中心である京都市右京区は、偶然にも僕が2010年くらいから約10年住んでいた街であり、風景が目に浮かんで懐かしかった。1点、暴動の様子が何回も描写されるのだが、暴動はつまり人間同士の殺し合いであり、その描写があまりにも凄惨で、読んでて辛くなるといのが、唯一の欠点かと思われる。