読書感想: だから荒野
- 著者: 桐野夏生
- 読んだ感じ: 3 (1-3)
- 読んだ時期: 2024年12月
大学生と高校生の息子を持つ専業主婦である森村朋美の家庭には愛がない。二人の息子からは中学を過ぎた頃から疎まれ、料理が下手なことを姑からなじられ、夫である俊介にはタクシー扱いされている。朋美の46歳の誕生日は、レストランで食事をする予定になっていたが、次男は家に引きこもり、長男と夫からは化粧と服装をバカにされ、車の運転をさせられる。プレゼントなど俊介が用意しているわけでもなく、自分が予約したレストランの雰囲気が悪いことを自分のせいにされた朋美は、家出を決意する。レストランを飛び出し、乗ってきた車で長崎に向かいながら、サービスエリアで売春婦と間違われ、車を盗まれ、散々な目に遭うが、偶然出会った原爆被害者の生き残りである山岡老人との共同生活を経て、家族と向き合いはじめる。
夫の俊介は、どうせすぐに戻ると高をくくり、適当なウソをついて取り繕った生活を送るが、行きつけのバーで他人のオッサンに言われた「家族は危ういバランスで成り立っている、母親がいなくなれば少しずつ家庭は簡単に崩壊する」という言葉の通り、少しずつ二人の息子との関係が壊れていく。
家出生活を通して、主婦である朋美が少しずつ変わっていく過程がいい。朋美は決して要領が良いタイプではないが、山岡からは、内に秘めた猛々しさを見抜かれている。朋美の変化は成長というよりは、3人の男との愛のない生活を通して殺されかけていた自我が、男たちから開放されることで蘇っていく過程に見える。
一方で、夫の俊介はどうしようもないクズ野郎であり、現代社会でいうところのモラハラ夫である。朋美と違って、コイツは最後までどうしようもない。それが自分を見ているようで恐ろしくもある。
タイトルの荒野とは、家族生活の暗喩であり、物語の最後まで、荒野は荒野のままなのだが、少なくとも朋美の中には、荒野を沃野に変えていこうという心境の変化が見て取れ、そこに希望を感じさせられる。
ゲーム中毒で母親を見るたびに「早よ死ねや」などと罵声を浴びせ続けた次男が、朋美と一緒に住むために長崎に行くことを決める場面がグッとくる。一方で、大きな決意をして長崎にやってきたはずの次男が、長崎でも母親に再び罵声を浴びせ始める描写に、著者の冷徹さを垣間みて、戦慄を覚えたりもする。しかしながら、その頃には自分を取り戻した朋美が次男を受け入れてくれて、そこにまたグッと来たりもする。